ノンストップいぐざむ

細かいことは気にしないで生きています。

女子中学生に恋をした

 

女子中学生に恋をしました。

 

ただ毎日を無為に、惰性で過ごす私と、女子中学生との関わり合いなど勿論ありません。私の人生において彼女はただ、平日の朝と夕に、私の家の前の道路を足早に通り過ぎていくだけの存在に過ぎないのです。

そんな彼女に、私が強く惹かれるようになった理由は、自分でも理解のしきれぬところではありますが、察するにはその美しく凛とした横顔が、どこか自分の母親と似通っていたからだと思います。恋に落ちる道理としては理解の得難いことかも知れませんが、母親以外の女性とまともに接したことのない私にとっては、それで十分なのです。

 

許されぬことかも知れません。実らぬ恋かも知れません。歳の差だって相当離れているでしょう。ですが、この恋はもう、自分ではどうしようもないほどに巨大な感情となって私の胸を食いつぶし、荒らし回っているのです。今日まで平々凡々と暮らしてきた私には、産まれて初めての感覚でした。それゆえ、どうしたらいいのか皆目見当が付きません。

 

私になにか大きな財産などがあれば、あるいは彼女に声をかけることが出来たかも知れませんが、私には職がありません。

労働し、社会に貢献する力が備わっていないのです。生活のすべてを両親に頼って生きています。暖かい家庭に生まれ、両親の庇護の元に暮らす。このような、いわば”特権階級”とも言えるような厚遇が、こと恋愛においては大きな足枷となることを、私は初めて知りました。

私に出来るのは、ただ彼女を遠巻きに見つめることだけでした。

 

 

そんな日々が続いたある日、私に大きな転機が訪れます。

いつものように、窓辺で彼女が通り過ぎるのを見つめていると、私は、彼女の美しく華奢な肩にまっすぐにかかったスクールバッグから、マスコットのついたストラップがこぼれ落ちるのを見つけました。

それは小さなぬいぐるみのマスコットでした。もし固いキーホルダーなどであれば、彼女も自分で気が付くことが出来たに違いありません。しかし、あの小さなぬいぐるみが地面に落ちた衝撃音は、彼女の耳に届く前にそのふわふわの中へと消えていってしまったようでした。

 

私は、チャンスだと思いました。

”落とし物を伝える”

これほどまでに自然で、かつ社会性に富んだ”きっかけ”が、他にありますでしょうか。長い間、ただの傍観者に過ぎなかった私に、彼女と接触する権利を神様が与え給うたのです。

私は夢中で玄関まで走り、勢いよくドアを開け放ちました。

ドアの開くガチャンという音と、ドクドクという自分の鼓動の音がまるで同じに聞こえるほどに、私の心臓は強く脈打ち、その心拍数を際限なく上げています。目まいがするような緊張の中、私は視線の先に彼女の後ろ姿を捉え、まっすぐに駆け出しました。

 

「あの......!」

 

カラカラに乾いた口で絞り出すように出した小さな声が、かすかに彼女の耳に届くと、彼女はその美しく凛とした後ろ姿を私のほうに向きなおし、膝を折り曲げて姿勢を低くしながらこう言いました。

 

 

「どうしたのボク。もしかして迷子かなぁ?」

 

胸の高鳴りは極限に達し、真っ白な頭で口をぱくぱくさせながら、私は、まずはこの滝のように流れる手汗をどうにかしなくてはならんと思い、通っている幼稚園の制服の、てろりとしたポリエステル製のズボンに力強く手のひらを擦り付けました。

 

─完─