ノンストップいぐざむ

細かいことは気にしないで生きています。

走れペロス

 

ペロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばらならぬと決意した。

ペロスには漢字がわからぬ。さっきの四文字熟語みたいなやつも全く読めなかったので勘で読んだ。で、実際これなんて読むの?じゃち、ぼう......?ごめん、分かんないからもういいや。

このままでは話にならないので、親友のセリヌンティウスに頼んで原稿にフリガナを振ってもらった。

では、気を取り直して。あー。あー。えー、本日は晴天なり、本日は晴天なり。

 

ペロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らして来た。けれども雑菌に対しては、人一倍に敏感であった。

「電車のつり革とかそのまま触れる人意味わかんない」これがペロスの口癖であった。人が触ったであろう物には、必ず除菌スプレーをシュッシュしていた。

決して悪いことをしているわけではないし、価値観は人ぞれぞれなのだが、セリヌンティウスも、ぶっちゃけこいつめんどくせぇなと思っていた。

「俺は漫画を貸してやろうとしたのに、汚いからいいって言われた」と、飲み会で愚痴をこぼすセリヌンティウスの姿は記憶に新しい。

 

さて、きょうペロスは村を出発し、野を越え山越え、このシラクスの市にやって来た。歩いているうちにペロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。市全体が、やけに寂しい。

路で逢った老爺をつかまえて、何かあったのか、二年まえにこの市に来たときは、夜でも皆が歌を歌って、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王様が、バーチャル美少女YouTuber『兎田ぺこら』にドハマりました。」

「oh......」

「『ぺこーらに、告白しようと思ってる。ぺこーらは男の人と付き合ったことないから。』というのですが、誰もそんな、虚構を信じて居りませぬ。」

「たくさんの金を貢いだのか。」

「はい、はじめは王様のお小遣いを。それから、大学進学を控えた娘さんの進学費用を。それから、国家予算を。」

聞いて、ペロスは激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」

 

ペロスは、単純な男であった。のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、警吏に捕縛された。調べられて、ペロスの懐中からは除菌スプレーが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ペロスは、王の前に引き出された。

「この除菌スプレーで何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。

「市を暴君の手から救うのだ。」とペロスは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」王は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」

VTuberに大金投じる奴の気持ちなんかわかるわけないだろ!」とペロスは、いきり立って反駁した。

 

「だまれ、下賤の者。口では、どんな清らかな事でも言える。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」

「自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。推してる地下アイドルのライブがあるのです。」

「おめーも大してかわんねーじゃねーか」

「実在しない女に貢ぐよりは数倍マシだが?」

「ぶっ殺すぞ」

「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。推しが、私を待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」

 

セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。ペロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯き、ペロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。

それでよかったが、ペロスはセリヌンティウスが触れた部分を除菌スプレーでシュッシュした。

「触るのはいいけど、その前に除菌しろっていつも言ってるよな?」

「もう人質やめちゃおっかな」

 

セリヌンティウスは、いい加減にムカついたので普通に人質を断り、ペロスは処刑された。

 

─完─