ルッキズム(美醜で人を差別する価値観)への批判的な意見をネットで見かけて、思うところがあったので小説を書きました。ド素人の書いた小説が苦手でなければぜひご覧ください。
数分で読めます。
”誠に残念ながら、今回は不採用とさせていただきます”
美咲は届いたメールを読み終えると、荒々しくも慣れた手つきですぐにメールを削除した。
美咲は大学4年生、就職活動の真っ只中だ。
子供の頃から必死で勉強に取り組んできた美咲は、有名な大学に通っており、成績もトップクラス。
そういった強みを活かし、条件の良い大企業の求人に応募し続けていたが
どこの企業に応募しても、結果は不採用だった。
一見すると引く手あまたな人材に思えた美咲だったが
彼女にはある欠点があった
容姿である。
美咲は生まれつき容姿に、全くと言っていいほど恵まれなかった。
残念なことに就活市場では、容姿の良し悪しが結果を左右することが少なくない。
美男美女でなければ、とまでは言わないが
ある程度は整った容姿が要求されてしまうのが現実だ。
当の美咲の容姿レベルは、その”ある程度”にも到達していなかった。
「ちぇ……また不採用か……」
美咲は近所の本屋で就活対策コーナーを物色しながら、深いため息をついた。
不採用のメールを見るのはこれで何度目だろうか。
もう数えるのもバカバカしくなるくらい、見慣れた光景だ。
彼女自身、自分の容姿が就職の足かせとなっていることは理解していた。
以前、同じく就活中だった友人とたまたま同じ求人に応募した際、友人だけが採用され、自分は落選したことがあったのだ。
友人は自分よりもずっと学力が低く、面接の結果も良くはなかったが、容姿だけはすこぶる良かった。
このことは、容姿が悪くても努力すればいつか報われると信じて、真面目に勉強をしてきた美咲を大きく失望させた。
結局世の中、見た目がすべてなのだ。
そう思わずには居られなかった。
とても就活のことなど考える気になれず、就職対策コーナーから足を移すと
雑誌コーナーにデカデカと飾られた、新刊の雑誌が美咲の目に留まった。
見ただけでクラクラしそうな色合いの、派手なファッション雑誌だ。
流行りの女優を表紙に起用したその雑誌は人気があるらしく、若い女の子たちが次々と雑誌を手に取りレジへと並んでいる。
誰もが羨むきれいな女優が写ったその雑誌の表紙には、こんな見出しが添えられていた。
”見た目に自身がなくても大丈夫!愛されマシュマロ女子のモテテクニック特集!”
あまりに無神経な一文に、思わず顔をゆがめたくなる。
何がマシュマロ女子だ。何がモテテクニックだ。
馬鹿にするにもほどがあるだろうに。
第一、そんなことを言いつつも、雑誌の表紙をかざるのは美男美女ばかりではないか。
美咲は心底不愉快な気分になり、目当ての本を買うこともなく本屋を後にした。
あまりの悔しさに、美咲はあふれる涙を拭くことも忘れ、足早に家路についた。
辺りは夕暮れ時で、まだ十分に明るかったが
涙で視界がボヤけている美咲にとっては、真夜中の砂利道のように歩きづらく、何度も転んでしまいそうになるほどだった。
やっとの思いで家に帰った美咲はベッドに横たわると、おもむろにスマートフォンを取り出し、流行りのSNSのアプリケーションを起動した。
いやなことがあったときは、SNSに愚痴を投稿するのが美咲の習慣であった。
長年SNSを利用していた美咲はフォロワーが多く、彼女が投稿するといつも様々な反応が返ってきた。
心が疲れた時の癒しとしてこれほどの物は他になく、最近の美咲は、自由時間のほとんどをこのSNSに費やしている。
今日もいつものように淡々と愚痴を連ねようと思った美咲だったが、この日は本屋での一見もあり腹が立っていたので、自分の投稿がより多くの人の目につくよう工夫を凝らすことにした。
具体的な事例を添えれば共感を得やすいと考えた美咲は、容姿の優れた就活生のほうが採用確立が高いというデータを示すネットニュースの記事を探し出して、SNSにシェアすると
その投稿に
「ルッキズムの弊害。人の容姿をみて優劣を判断するような社会はもう終わりにしませんか?」
とコメントを添えた。
これを見た馴染みのフォロワーたちが自分を気にかけてくれるといいな、という程度の軽い気持ちで、いつものように投稿した美咲だったが
この投稿は、予想外の反響を呼んだ。
美咲の投稿は瞬く間にユーザー達の間で拡散され、以前から頻繁に交流があったフォロワー達に加えて、見知らぬユーザー達までもが次々とコメントを残していった。
「これいつも思ってた!見た目より、能力や資格を重視してほしい!」
「人にはそれぞれ個性があります。多様性を軽視し、容姿ばかりを珍重する世の中には嫌気が指しますね」
自分の意見を称賛するたくさんのコメントを見て、美咲は今までにない手ごたえを感じていた。
私の力で、世の中を変えられるかもしれない。
ここからの美咲の行動は早かった。
就職活動のスケジュールをすべてキャンセルし、空いた予定でデモ活動や影響力のある有識者へのアプローチなど
ルッキズム批判の啓蒙活動に明け暮れた。
私の力でルッキズムを終わらせる……!
ルッキズムがなくなれば、社会も私を認めてくれる……!
自分の将来を啓蒙活動に注ぎ込む、そんな美咲の姿を心配する者もいたが
みるみる活動の規模を広げていった彼女には、そんなことは些細な問題に過ぎなかった。
10年後。
美咲の必死の啓蒙活動が功を奏し、近年では社会からルッキズムが撤廃されつつあった。
ありとあらゆる場面で、容姿の美醜で人を判断することはご法度とされ
美咲のように容姿に恵まれなかったものにも、平等にチャンスが巡ってくる、そんな世の中になるはずだった。
しかし、美咲は今も、安定した仕事には就けていない。
10年前と変わらないベッドで、けたたましいアラーム音と共に目覚めた美咲は
疲労で岩のように重たくなった瞼をこすりながら、スマートフォンに手を伸ばした。
色があせ、すっかりよれてしまったカーテンから、どんよりとした外の様子が漏れ出ている。今日は曇りだ。
身体の節々が痛い。
美咲はもう長い間休みを取っていなかったが、生活のため今日も仕事をしなければならなかった。仕事の給料は、安い。
大音量で鳴り響くスマートフォンのアラーム音を停止させると、美咲はベッドに横たわったまま慣れた手つきでSNSを起動した。
タイムラインの投稿に目を通すと、馴染みのフォロワー達の何気ない投稿の中に、いいねやコメントがたくさんついた話題の投稿が目に留まった。
それは以前の美咲を彷彿とさせるような、社会を啓蒙する内容だったが
今の美咲には、もう心底どうでもいいことであった。
「能力差別に反対!優秀で努力してきた人間ばかり優遇するのは差別!平凡に暮らしてきた普通の人たちにも、平等なチャンスを!!」
「”頭がいい”それが人の評価基準で本当にいいのでしょうか?秀でた能力を称賛せず、誰しもが持つ平等な力を評価する社会を希望します」
美咲は、そっとスマートフォンを閉じた。
―完―