私が初めて異変に気付いたのは、通っている中学校から下校していた時でした。通学路の途中にあるひまわり畑に、一輪の奇妙な花が咲いていたんです。
その花は、姿形は他のひまわりと全く同じでしたが、色は目が覚めるような真っ赤な色をしていて、黄色一色のひまわり畑の中で、ひときわ目立っていました。
突然変異、というのでしょうか。
同じ種族であっても、生まれつき色が他と違って産まれてくることがあるのだそうで、自然界ではそこまで珍しくないことだと聞いたことがあります。
突然変異のそのひまわりは、他のたくさんのひまわりに負けず、たった一人で強烈な存在感を放っていました。黄色一色の中に、赤がひとつポツンとあるからという単純な理由ではありません。
うまく言葉では言い表せませんが、それは色の違いでは説明がつかないくらいの強烈な存在感で、私はそれを何十分も立ち尽くしてじっと凝視してしまったくらいでした。
これが異変の始まりでした。
次の日、学校に行くと、私はまた新たな異変に気が付きました。
クラスメイトが、1人増えているのです。
「国木」というその少年は、活発で明るく、大きな声で笑う元気な男の子でした。クラスではムードメーカーのような存在らしく、朝のHR、授業中、休み時間、問わずクラスメイトや先生を笑わせて、みなに慕われるクラスの中心人物でした。
でも、そんな生徒は今までいなかったのです。私のクラスのムードメーカーは、高木くんだったはずです。
そんな高木くんは今、「国木」とプロレスごっこに興じている真っ最中でした。昨日テレビで見た技を試してみているのだそうです。楽しそうにふざけあう二人の姿を、クラス中が笑ってみていました。
おかしいと思うものは、私の他に誰もいないようでした。
みんな異変に気が付いていないのです。気が付いているのは私だけでした。
何か大変なことが起こっている。
そしてそれに気が付いているのは私だけかもしれない。
そう思うと私は怖くてたまらず、ただただ無心のままその日の授業が終わるのを待ち、一直線に帰路についたのでした。
学校から家に帰る途中、例のひまわり畑が見えました。
ひまわり畑のひまわりは、すべて青色に変わっていました。
見たことを後悔しました。
心臓が握りつぶされそうになりながらようやく家に帰った私に、また新たな異変が起こりました。この異変が、私にとって一番ショックでした。
家に帰ると、いつもこの時間は家にいないはずの母が、居間で泣き崩れているのです。どうしたの、と声をかけても、母との意思疎通はできませんでした。
泣いているから会話にならない、のではないのです。
言葉が通じないのです。
母は私の目を見て、泣きながら何か叫んでいましたが、何を言っているのか、私にはまったく理解できませんでした。聞いたこともない言語だったのです。いえ、あれが言語といえるものだったのかどうかすらわからない、奇怪な音の羅列と言った方が正しいと思うくらい、到底理解の及ばないものでした。
泣き崩れる母を尻目に、私は居間を後にし、自室に向かいました。
幸いにも、自室には特に変わった様子はどこにもなく、いつも通りの日常の姿がそこにはありました。私はガチガチに震えた体で静かにベッドに入り、目を閉じました。
それからのことはよく覚えていません。
まるで夢の中で起きた出来事を、朝のまどろみの中で思い返しているときのように、断片的で、ふわふわとしていて、全くつかみどころのない記憶しか残っていないのです。あれから何日、何年たったのか、今でもよくわかっていません。
ただ一つ言えることは、今はとても安らかな気持ちだということです。なにか苦しいことがこれから終わる、そんな予感がしました。
曖昧な記憶の中で私が思い出せるのは、自室のベッドで横たわる私を涙ながらに介抱する母の姿と、うなだれた父の姿。
部屋の隅から、目を細めて私を見つめる「国木」。
赤いひまわり、青いひまわり、固くなった自分の腕、皮膚から出る緑の油、たくさんある脚。
くしゃくしゃの顔で、包丁を持ってこちらに向かう母の姿。
おかしくなったのは、私でした。
─完─