日課。
近所のスーパーに立ち寄り、割引きの総菜を買うこと。
近頃の若いヤツらはたるんでいる。俺たちの頃はああではなかった。
俺たちがあれくらいの年齢の頃は、日本のため、自分たちの未来のために汗水たらして働いて、激動の高度経済成長期を乗り切ってきたのだ。
それが今ではどうだ。俺たちの世代が作り上げたこの便利な世の中を利用するに甘んじ、自分では何もしない。何もできない奴ばかりだ。
今日このスーパーでも、御多分に漏れず、アホ面を晒して買い物をする若いやつが目についた。
如何にも何も考えていなさそうな、ぼさっとしてみすぼらしい母親と、のんきに古い歌など歌っている小さな男の子の親子だ。
彼女らは出来合いの総菜コーナーで、今日の夕飯を物色しているようだ。
俺の母ちゃんは、女手一つで俺を育てあげた。もちろん、これほど便利なスーパーのような物などない時代にだ。
けしからん、全くもってけしからん。
おもむろに総菜のポテトサラダを手に取る母親に対し、我慢の限界に達していた俺は、嫌味を込めて彼女に言い放った。
「母親ならポテトサラダくらい自分で作ったらどうだ」
どうだ、言ってやった。
女は一瞬おどろいたように俺を見た後、何も言い返せず、ただ俯いているだけだ。
いい気味だ。
俺は改めてこの女の恰好をまじまじと見てやることにした。
見るからにくたびれた格好だ。最近の奴らは金がないだなんだとすぐに言い訳をするが、まともな服を買う金もないのかね。
しかし、よく見れば、単に汚れているだけでなく、どうも古めかしい服を着ているようだな。
特に上着なんかは、俺の母ちゃんが着ていた物にそっくりだ。
そうだ、確かにこれと同じ柄の上着で、同じように、破れたところに当て布をしてあって、袖口にはこんな染みがついていて......それで……
俺はおそるおそる女の顔を見た。
長く、ぼさぼさの髪。
厳しくも暖かいまなざし。
俺が子供の頃、優しく歌を歌ってくれた口元。
その忘れたくても忘れられない口元をゆっくり開いて、女はやさしく俺に言った。
「昭一、ポテトサラダ、作ってやれなくてごめんねぇ」
母ちゃん…………!
俺は、人目もはばからずワンワンと泣いた。
俺の手からは、割引きの総菜がこぼれ落ち、母ちゃんの足もとへと転がっていった。
「母ちゃん、ごめん、ごめん、俺……!」
母ちゃんは、足元に転がった総菜を手に取ると、俺に近寄り、俺をやさしく抱きしめた。
「いいのよ。母ちゃんが悪かったんだよ。苦労をかけたねぇ」
「俺、羨ましくて……!学校で、みんなのお弁当が、ヨシくんのお弁当に、ポテトサラダが……!」
母ちゃんは、あの頃と少しも変わらない優しい笑顔でうなずくと、俺の眼を見て言った。
「お前が元気そうでよかったよ。もうお前にご飯は作ってあげられないけど、野菜もしっかり食べるんだよ」
俺は声にならない声で、何度もわかった、ごめんを繰り返した。
母ちゃんはしばらく俺を抱きしめた後、俺の顔をもう一度みて、少しだけ寂しそうな顔をした後、そのままふっと、霧のようにどこかへ消えてしまった。
俺はただ、大好きな母ちゃんがさっきまでいたところを見つめながら、何もできずにうなだれている他に仕様が無かった。
しばらくそうして座り込んでいると、うなだれる俺の目の前に、突然小さなガラス玉がふたつ飛び込んできた。
「おじいちゃん、どうして泣いてるの?」
どこからやって来たのか、小さな女の子が、その小さな目でもって俺のことをじっと見つめている。
俺が何も言えないでいると
「はい、これあげる!おいしいよ!」
女の子はそう言って、側に居た母親の持つ買い物カゴから、総菜のパックを取って俺に差し出した。
ポテトサラダだった。
俺は泣きはらした目で、女の子を見て、ポテトサラダを見て、そして最後に、女の子の母親の方を見た。
母親は困惑した様子だったが、何かを悟ったように静かにうなづくと
「お金は、払っておきますから」
と、小さな声で呟いた。
俺は女の子がくれたポテトサラダを持って家に帰り、しばらく放心した後、ポテトサラダを食べて、また泣いた。
今日は、母ちゃんの命日だった。
~あとがき~
現代のジジイが子供の頃、ポテトサラダが普及してたかどうかは知りません。
─完─